本コンテンツは、2023.10.28に行われた無料ライブ配信『成美語りvol.003』からの切り出しデータです。
▼ライブ配信全編(アーカイブ)はこちら
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▼チャプター情報
0:00 一 お瑠伊と謎の老人との出逢い
8:36 二 老人との親交
18:22 三 老人の芸術観 人としての在り方の説諭
29:34 四 御前での鼓くらべ お瑠伊の魂の目覚め
※チャプターの小見出しは、語り家が便宜上つけたもので、
原作には章の数字しかありません。
▼作品解説『鼓くらべ』
<サムネール写真について>
演目の『鼓くらべ』に合わせて、鼓の柄が配された写真にしました。
私の帯で、2005年に買った品ですが、こんな形で活かされましょうとは思いもよりませんでした。多くの方に愛でて戴き、帯も歓んでおりましょう。
写真家の息子が高精細で撮ってくれ、色調を実際の帯の微妙な色合いに整えてくれたので、
繊細な織り模様まで美しく再現できました。
時折、鼓をご覧になりながら、お聴き下さいませ。
<物語の核心>
大きな商家の娘が、鼓の稽古に打ち込むうちに、芸術と人生の本質に目醒めてゆく物語。
謎の老旅絵師との出逢いが、驕り高ぶった小娘の心を揺り動かし、芸術の真髄に開眼させます。
人生の大切なことも学びます。本当の師とは、その正体は何者なのか、
意表を突くラストシーンまで、どうぞお楽しみ下さいませ。
<白菊の如き師との邂逅、魂の目覚め>
※物語の内容が含まれます、お聴きになってかお読み下さい。
周五郎は、花に托して登場人物を象徴することが、ままあります。
『鼓くらべ』では、冒頭に現れる咲き残った白菊がそれで、
老人の化身に見立てていると思われます。
もう小さくしか咲けなくなった白菊の姿は、命がそう長くないことを暗示し、
老人を白菊に重ねますなら、病んだ体が消えゆくのが近いことも感じさせます。
余命がないと、老人に身の上を語らせてもいます。
菊の花言葉は、その気高い咲き姿から、「高貴・高潔・高尚」。
特に白菊は、「誠実」「真実」「私を信じてください」という、特別な花言葉を持っています。
最後の鼓の音を乞われ、やってきたお瑠依に、諄々と説く老人の胸の内には、
花言葉の「私を信じてください」という想いがあったでありましょう。
「同じ過ちを繰り返させたくない」と、渾身の力を振り絞り、まるで遺言のように、
芸道や人としての在り方の「真実」を、お瑠依に語り尽くします。
命を削ってでも伝えたい姿は「高潔」であり、「誠実」「高貴」な魂を感じさせます。
花言葉となった、白菊の咲き姿を彷彿とさせもします。
老人を市之丞と敢えて明かさなかったのは、伝説の鼓の名手の言葉だから尊いのではなく、
名もなき老人が語ろうとも、芸道の目指すべき本質、
人生の神髄を見極めた言葉は<真>に他ならないからなのです。
自分が心定めた人こそ、本当の師だという証でもありましょう。
物語の終わりに差し掛かった辺りで、「またよしそうでないにしても、その老人こそ彼女にとっては本当の師匠であった」という言葉にも、それは託されています。
芸術の真意を教えてくれた人こそが師匠だとするには、老人が誰であるかは謎の儘でなくてはなりません。実に巧妙な筋立てです。
芸術に拠らず、誰かと較べるところから人の不幸は始まるのではないでしょうか。
鼓に琴の音は出せないのです。
その楽器にしかない妙なる音がありますように、人を羨んで暮らすのではなく、
自分という個性に磨きを掛けることが、大切なのではないでしょうか。
お瑠依の行く末が天晴れであれかしと願う老人の言葉が、皆様にも響きましたでしょうか。
魂の目醒めを迎えたお瑠依の心映えに、お気持を重ねて下さいましたなら、嬉しい限りです。
「すべて芸術は人の心をたのしませ、心を清くし、高めるために役立つべきもので、そのために誰かを負かそうとしたり、人を押し退けて自分だけの欲を満足させたりする道具にすべきではない。・・・清浄な温かい心が無い限りなんの値打もない」は、あらゆる芸術を志す人に宛てた言葉でありましょう。これは語り家としても、肝に銘じなければならない言葉です。
いえ、何をするにあたっても心すべき、人生の本質ではないでしょうか。
<『鼓くらべ』が書かれた時代背景>※恩師のご教示に依る。
『鼓くらべ』は、「少女の友」昭和16年1月号に掲載。
軍事統制の時代が始まり、時代物なら忠君愛国をテーマとしなければならなくなり、
周五郎が望むような時代小説が書けなくなりました。
周五郎は、時代小説作家として名声を得ていましたが、一度筆を折りました。
検閲を通る時代小説を書いた作家もいましたが、周五郎は硬骨漢で、
反体制主義(体制におもねりたくない)を通しました。
少女向け雑誌に縁を得て、少女向け小説(誠の道を少女に説く内容)として書きました。
『鼓くらべ』も、主人公の少女に、謎の老絵師が芸道のあるべき姿を説き、
少女は人生の誠に目覚めていく物語となっています。
<豆知識>
・「音」の読み方について
ね :余韻を引くもの。鼓・三味線・笛・ヴァイオリンなど。
おと:余韻をもたないもの。太鼓など。
※鐘は、性質によって、<ね>と読んだり<おと>と読む場合がある。
・籬(まがき):竹芝などを荒く編んで作った垣。間垣の意。
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▼堀内成美:ほりうちなるみ プロフィール
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